東京地方裁判所 平成10年(ワ)3160号 判決 1999年12月24日
本訴原告(反訴被告)
大沢和彦
右訴訟代理人弁護士
岡部玲子
同
宇野峰雪
本訴被告(反訴原告)
丸和證券株式会社
右代表者代表取締役
生野宙孝
右訴訟代理人弁護士
奥平甲子
主文
一 本訴原告(反訴被告)の請求を棄却する。
二 本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)に対し、金六〇〇万円及びこれに対する平成九年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 本訴被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、本訴及び反訴を通じ、これを四分し、その三を本訴原告(反訴被告)、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。
五 この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
(本訴)
本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、金六〇〇万六二七二円及びこれに対する平成一〇年二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
(反訴)
本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)に対し、金一三八〇万円及びこれに対する平成九年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、証券会社である本訴被告(反訴原告)の元従業員である本訴原告(反訴被告)が、本訴被告(反訴原告)に対し、退職金の支払を求めたのに対し、本訴被告(反訴原告)が、本訴原告(反訴被告)に対し、本訴原告(反訴被告)の顧客に対する不法行為によって発生した損害を賠償したとして、その求償権を求める事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 本訴被告(反訴原告、以下「被告」という)は有価証券取引等を業とする株式会社である。
2 本訴原告(反訴被告、以下「原告」という)は、昭和五二年四月、被告と期限の定めのない雇用契約を締結し、平成三年一二月から神楽坂支店に勤務し、平成七年四月から同支店の副支店長となったが、平成九年四月一八日、副支店長を免ぜられ、監査部付となった。その後、原告は、平成九年一二月三〇日、被告を自己都合退職した。
3 原告が、被告を退職することになったのは、原告が担当していた顧客である中村光枝(以下「中村」という)との間で紛争が生じたことから、原告は副支店長を免ぜられ、また、被告から退職を促されたためであった。
4 原告の退職金は、被告の退職金規程に従えば、原告の等級が九等級、勤続年数が二〇年九か月であるから、九〇〇万九四〇八円となる。しかし、被告は、原告には懲戒解雇事由に該当する行為があったとして、原告に対し、退職金規程により算定される退職金から六〇〇万六二七二円を控除した三〇〇万三一三六円のみを退職金として支払った。
5 懲戒に関する被告の就業規則は次のとおりである(書証略)。
(懲戒)
第五〇条 つぎの各号の一に該当する行為のあったときは懲戒処分を行う。
<1> 本規則又は遵守すべき事項に違背したとき
(<2>省略)
<3> 故意によって業務上不利益を生ぜしめたとき
<4> 業務上の怠慢不行届により、会社に損害を与えたとき
(<5>ないし<7>省略)
<8> 会社の名誉、信用を傷つけたとき
<9> 職分を利用して不都合な行為があったとき
<10> 刑法上の処分を受け、若しくはこれに類する不法行為のあったとき
(<11>省略)
<12> 前各号の外、前各号に準ずる不都合行為をしたとき
(懲戒処分の種類)
第五一条 懲戒処分はその程度により戒告、譴責、減給、資格剥奪、解雇とする。
<1> 戒告(<1>ないし<4>について内容は省略する)
<2> 譴責
<3> 減給
<4> 降格
<5> 解雇 情状酌量の余地がないか、あるいは本人に改善の見込みがなく、または企業の秩序の維持が困難と認められるときにこれを行い、即日解雇する。この場合において所轄労働基準監督署長の認定を受けたときは予告手当を支給しない。懲戒解雇された者には退職金を支給しない。ただし、情状により減額して支給することがある。
(損害賠償)
第五三条 従業員が、故意または過失によって、会社に損害を与えた場合はその全部または一部を賠償させることがある。ただし、これによって第五一条の懲戒を免れるものではない。
6 また、被告の退職金規程(書証略)二条但書には、懲戒解雇またはこれに相当する原因により退職する者には退職金を支給しない旨規定されている。
二 争点
1 退職金請求権の有無(懲戒解雇事由の有無)
(一) 被告の主張
原告の就業規則に規定する懲戒解雇事由に該当する行為は次のとおりである。
(1) 顧客の知識・経験等に照らし不適当な過当勧誘による過当かつ大量売買取引(五〇条<1>、<3>、<4>、<8>)
原告は、平成九年二月ころ、その担当していた顧客である中村が、昭和一〇年四月生まれの家庭の主婦で、証券知識に乏しく、信用取引をしたことのない取引の適格性に欠ける者であるにもかかわらず、その仕組みについて十分な説明を行わないまま、ハイリスクハイリターンの取引である日経平均株価コールオプション(以下「日経オプション」という)を強引に行わせ、別紙売買明細表Ⅰ記載のとおり五〇〇万六六六四円の損失を被らせた。
(2) 無断取引(五〇条<1>、<3>、<4>、<8>、<9>)及びこれに伴い立替金勘定を度々発生させたこと(五〇条<1>)
また、原告は、平成九年三月一四日から同年四月七日まで、中村に無断で同人名義で日経オプション取引を行い、別紙売買明細表Ⅱ記載のとおり、被告に一八九七万九四七九円の損失を被らせた。
(3) 中村は、平成九年五月、被告に対し、右(1)及び(2)の損害合計二三九八万六一四四円の賠償を求めて調停の申立てをし(東京簡易裁判所平成九年メ第三五一七号)、被告は、一三八〇万円の賠償義務のあることを認め、調停を成立させ、同月二六日、中村に対し、右一三八〇万円を支払った。なお、無断取引による損害は、被告の損害であるが、中村は損害を負担することを前提に被告に対し損害賠償を求めた。
(4) 原告は、平成九年三月一四日、中村及びその夫である尚(以下「尚」という)の両名から、今後は日経オプション取引をする意思のないことを言明されており、中村名義で日経オプションを購入しても、その代金が支払われないことを知りながら、同月二四日に二回、同月二六日に二回、中村名義で日経オプションを購入した。
(5) 私文書偽造、同行使(五〇条<8>、<10>)
さらに、原告は、同月二六日には、五回にわたる日経オプションの反対売りも行い、同日の購入との決済が必要となったことから、尚が被告に預託していた株式を無断で売却し、右決済に充てることを計画し、実際には、尚から売却の注文を受けておらず、また同人が信用取引口座の設定を承諾していないにもかかわらず、中村に尚名義の信用取引口座設定諾約書を偽造させ、これを使用して、尚が被告に預託していた株式を売却し、その後右売り注文を出したのと同銘柄同数量の信用買い注文を行い、株式の売却代金を右決済の一部に充てた(なお、原告がこのような行為をしたのは、信用買い取引の委託保証金は現物株式買い代金の三割程度であり、その差額を決済に充てることができたからである)。
そのほか、原告は、右決済に関し、その一部を自己資金で行った。
(二) 原告の主張
次のとおり、原告には懲戒解雇事由に該当するような行為はなかった。
(1) 被告の主張(1)のうち、中村が昭和一〇年四月生まれの家庭の主婦である事実は認め、その余は否認する。
中村は、本件当時までに三〇年以上も証券取引を行ってきた者であって、顧客適合性に問題はなかった。中村の日経オプション取引口座開設については、神楽坂支店の支店長の許可を得ており、中村の顧客適合性は被告も認めていたものである。
また、日経オプション取引の開始に際し、原告は中村に十分な説明を行っており、中村もこれを理解していた。
(2) 被告の主張(2)は否認する。
原告は、毎日のように中村宅を訪れ、中村と相談しながら取引を勧めていたものであり、無断取引の事実はない。
(3) 被告の主張(3)のうち、被告と中村の間で調停が成立し、被告が中村に対し、一三八〇万円を支払ったことは認める。
ただし、最終的に中村に損失が生じたのは、被告が、平成九年四月一六日、中村に無断で五月切りの日経オプションの反対売りを行ったためであり、これを行わなければ、中村に数千万円の利益が生じていた。
(4) 被告の主張(4)は否認する。
平成九年三月一四日、中村及び尚が原告に対し、日経オプション取引の中止を言明した事実はない。それ以降も取引は継続していたし、中村は、原告に対し、平成九年三月一五日以降の取引代金の支払をしていた。
(5) 被告の主張(5)のうち、尚名義の信用取引口座設定諾約書の署名を中村が行った事実は認め、その余は否認ないし争う。
尚は、証券取引にあまり興味はなく、その妻である中村が、証券会社の社員との打ち合わせ、尚名義の各種の証券取引の決定、注文行為などをいずれも代行して行っており、右信用取引口座設定諾約書についても、中村が尚に代行して署名したものにすぎず、尚はこれを黙認していた。
2 被告の求償権の有無等
(一) 被告の主張
前記1(一)(3)のとおり、原告の無断取引等の不法行為により顧客に多大な損害を与えた結果、被告は、顧客から右損害の賠償を求められ、これを弁済したことにより、原告に対し一三八〇万円の求償権を取得した。
(二) 原告の主張
前記1(二)(1)、(2)、(4)及び(5)のとおり、原告はなんら不正行為を行っていないから、被告の求償請求に応じる義務はない。また、前記1(二)(3)のとおり、被告が平成九年四月一六日に中村の五月切りの日経オプションの反対売りをしなければ、損失は生じることはなく、かえって利益が生じたものであるから、なんら原告に責任はない。
第三当裁判所の判断
一 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実等を含む)、右証拠中これに反する部分は採用しない。
1 被告は有価証券取引等を業とする株式会社であり、原告は昭和五二年四月に被告と期限の定めのない雇用契約を締結した。原告は、その後、平成三年一二月神楽坂支店に配属されると同時に課長になり、平成四年三月次長、平成七年四月、店長に次ぐ役職である同支店副支店長となった。そして、原告は、この間、一貫して営業職に就いており、平成四年一月一三日から中村及び尚の担当となった。なお、被告の支店においては、支店長のみが担当顧客を持っておらず、その他の従業員は全員が証券外務員として顧客を担当している。
(書証略)
2 中村は、昭和一〇年四月生まれの女性で、高等学校卒業後、昭和三六年尚と結婚したが、これまで、勤めに出たことは一度もない家庭の主婦であるが、昭和五二年八月九日から被告神楽坂支店と取引を行うようになった。中村が行っていた取引のほとんどは現物株式の売買であり、その他は野村MMファンド、太陽ダブルストックオープン、野村日経二二五オープンといった投資信託を行ったことがあった。
また、中村は、自己名義の取引を行っていただけでなく、株取引に関心のない夫の尚(なお、尚が被告神楽坂支店と取引を開始したのは昭和五二年七月二五日である)や息子や娘を代行してこれらの者の名義での取引も行っていた。そして、中村は、家族名義の取引を行う場合に、家族の署名を代行することもあった。
(証拠略)
3 ところで、当時被告の神楽坂支店の支店長であった田中好和(以下「田中支店長」という)は、金融派生商品(デリバティブ)を手がけなければ営業マンは生き残っていけないとの考えを持っており、神楽坂支店においては、こうした取引が少なかったことから、積極的に金融派生商品を手がける方針を打ち出していた。その結果、神楽坂支店においても金融派生商品の一つであるオプション取引も多少は増加することになったが、中村の他には二名ほどで取引額も一、二枚で五万円、一〇万円といった程度であり、田中支店長は、他の支店と比べると少ないとの認識を持っていた。
(証拠略)
4 原告は、右のような田中支店長の営業方針を受けて、平成九年二月初め、中村に対し、日経オプション取引を勧め、同月二〇日から中村は日経オプション取引を開始した。
日経オプション取引は、日経平均株価を原資産とする金融派生商品の一つで、あらかじめ定められた限月(最長は四か月であるが、主として取り引きされているのは当月物と翌月物である)の中で、第二金曜日の前営業日を満期とし、あらかじめ定められた取引価格(権利行使価格)で、原資産である日経平均株価を買う選択権の取引であるが、取引単位である一枚は、日経平均株価の一〇〇〇倍に相当する量である。具体的には、日経平均株価が満期までに権利行使価格を上回った場合、反対売りするか満期に権利行使すれば、多額の利益を得ることができる反面、日経平均株価が権利行使価格を下回り、反対売りする機会を得ないまま満期となったときは、買主は権利行使を放棄せざるを得ず、出資金の全額を失うことになるものであり、利益の変動率が原資産の変動率に比べて増幅される、レバレッジ効果が見られる特徴を有し、ハイリスクハイリターンの商品である。
なお、日経オプション取引には、「買い」と「売り」の取引方法があり、前者は、原告が中村に勧め、中村が行った取引であり、前記のとおりのしくみであるが、後者は、権利行使日に必ず決済しなければならず、その際に損失が生じるときは、その損失は投資額に限定されず、より投機性が高い(以下「日経オプション取引」というときは前者を示す)。
右のとおり、日経オプション取引は、平均株価の上昇及び下落によって損益が決せられる点では投資信託に共通する点があるが、それよりも投機性が高い。しかし、一方、一定期間より後の価格による売買を約し、委託証拠金を積み、予測が外れた場合に投資額を超えた無限責任を負わねばならない先物取引とは異なる。
(証拠略)
5 原告は、中村の日経オプション取引開始に先立ち、平成九年二月一二日ないし一三日ころ、中村に対し、日経オプション取引についての説明を行った。しかし、中村は、原告からの説明を受けたものの、日経オプション取引には限月があり、限月内に売らなければならないこと、日経平均株価が上がればもうかり、下がれば損をすることになるという程度しか日経オプション取引のしくみについては理解できなかった。しかし、中村は、原告から日経平均株価が下がったら下がったなりのもうかる方法があると言われたこと、長年被告の神楽坂支店と取引を行っており、同支店を信頼していたことから取引を開始することにした。
そこで、原告は、平成九年二月一九日、株価指数オプション取引口座設定申請書(書証略)を支店長に提出し、同日支店長の許可を得て、中村宅を訪問し、中村に株価指数オプション取引口座設定約諾書(書証略)、取引確認書(書証略)を作成させ、株価指数オプション取引説明書(書証略)を中村に交付し、中村は同月二〇日から取引を開始した。
中村の取引は、当初一枚の買いから開始されているが、買いだけをみても平成九年二月中は二〇日、二一日、二四日、二五日、二六月、二七日、二八日、同年三月に入ると三日、四日、五日、六日、七日、一〇日、一二日、一四日、一七日、一八日、一九日、二一日、二四日、二六日、四月は三日、四日、七日と連日のように行われており、その取引枚数も同年三月に入ると一〇枚単位の大量取引がしばしば行われるようになった。そして、反対売りも買いと同様連日のように行われている。
田中支店長は、中村の日経オプション取引の開始の際、被告の営業員服務規程九二条二項によれば、所属長は直接顧客と面接し、当該取引のしくみ、オプション取引の投機性等を十分説明して、後日紛争のもととなることがないよう、特に留意しなければならないと規定されているにもかかわらず、中村に面接することなく、その取引開始を許可したものの、その後の中村の取引が余りにも頻繁であること、取引枚数が多いこと、そのことから被告本店の営業本部長である藤澤常務から指摘を受けたことなどから、原告に対し、「日経オプションは値動きが荒く投機性が高い商品であるのに、女性客にこんなに大量に買わせて大丈夫か」と述べて自重を促したが、原告が副支店長の立場にあったことや原告が大丈夫であると回答していたことから、それ以上、自ら中村と面接したり、その内容を調査するなどのことは行わなかった。
中村の日経オプション取引は、当初多少の利益が上がっていたが、平成九年二月二六日以降、同年三月六日まで損失が生じ、その後、また多少の利益が生じることはあったものの、同年三月一九日以降はほぼ損失を生じることになり、結局、平成九年四月一六日に中村の日経オプションを全て反対売りした時点で中村の損失(全期間を通じての利益と損失との差額)は、二三九八万六一四四円に上った。
中村が日経オプション取引を行っている期間中、日経オプションの個々の取引について、被告から中村に対し、取引明細が郵送されていた(書証略)ほか、連日のように中村宅を訪問していた原告から各取引の内容を示す受渡計算書(書証略)の交付を受けていた。しかし、被告が中村に郵送する各取引明細は、反対売りをした場合、手数料を差し引いた売り代金の合計額、買い単価は記載されているものの、買い代金は記載されていないため、取引による損益は直ちに知ることはできなかった。また、中村は、連日のように訪問してくる原告からほとんどの場合、もうかっているとの話を聞いていたことから、多少はもうかっているだろうとの認識であり、多額の損失を生じていること、その具体的な金額について知らなかった。
中村は、平成九年三月中旬ころ、日経オプション取引のしくみについて、原告に質問したことがあったが、原告から納得のいく説明の得られなかったことから、日経オプション取引は専門家である原告にも答えられないことがある程しくみが難しいこと、夫の尚に内緒で取引を行っていたことから、日経オプション取引はやめた方が良いと考え、同月一四日、原告に対し、日経オプション取引はやめる旨伝えたが、原告は、その後も中村宅を訪問し、日経オプション取引は継続された。したがって、その間売買代金の授受も行われているが、中村は受渡日を理解していなかったため、同月一五日ころ以降の日経オプション取引の売買代金の授受をそれ以前のものの清算と誤解しており、その後も原告に対し、早く清算して、今までに持ち出した現金を返して欲しいと述べていた。
中村の日経オプション取引は、平成九年三月一五日以降も継続されていたが、中村が代金を支払わないことから、同月二七日には七六八万三五七四円の立替金勘定が発生し、同月三一日には立替金勘定は九一七万一九三五円に上った。この立替金の解消のため、原告は、同月二七日午前中に、中村の夫である尚が被告に預託していた株式を売却し、その直後、右売り注文を出したのと同銘柄同数量の株式の信用買い注文を行った。そして、同日午後四時ころ、中村宅を訪問し、中村は、原告に求められるまま、尚名義の信用取引口座設定諾約書(書証略)に署名した。このような取引を行ったのは、株式の信用買いを行う場合、その代金の約三〇パーセントを保証金として準備すればよいので、現物株式を売却した代金と保証金との差額を立替金の一部に充当することができるからであった。その後も、原告は、中村やその家族名義の株式を売却し、平成九年四月一日には立替金をほぼ解消したが、不足分の一〇万五二六二円は原告が立て替えた。
しかし、また、平成九年四月三日以降、中村に日経オプション取引に関して立替金勘定が発生し、その額は平成九年四月八日時点で二六四万一〇七九円、翌同月九日には七〇四万八二七九円となった。
(証拠略)
6 前記5の尚名義の株式売却後、中村は、尚に株式売却の話をし、尚は、株式の預り証と領収証を作成したにもかかわらず、株式売却代金の支払がなかったことから、中村宅を訪問した原告に対し、説明を求めたが、詳細については原告の説明に納得できず、支店長と話がしたいと原告に伝えた。そこで、平成九年四月一〇日、田中支店長は、原告とともに中村宅を訪問した。その際、田中支店長は、日経オプション取引により立替金が七〇〇万円余り生じているので支払って欲しいとの説明をしたところ、尚はそれが損失であると誤解した様子であった。
平成九年四月一一日、田中支店長は所要があったため、原告は、一人で中村宅を訪問し、未払の日経オプションの代金の支払を求めたところ、尚から、損を取り返すという保証がなければ代金は支払えないと代金の支払を拒否された。同月一四日、田中支店長と原告は、中村宅を二回訪問し、田中支店長は、尚に対し、日経オプション取引の損失が二〇〇〇万円に達していることを説明したところ、尚は損失の大きさに驚いた。さらに、翌一五日、田中支店長は、被告の営業本部の平山副本部長とともに中村宅を訪問したが、被告側は、立替金の解消や株式の信用取引の追証を求めるのに対し、中村及び尚は、平成九年三月一四日、原告に対し取引停止を求めたこと、損失を戻して欲しいことを述べて支払を拒否するばかりで、双方の話し合いに進展はなかった。その結果、被告は、平成九年三月一七日以降(田中支店長は、中村から原告に取引をやめると述べた日について平成九年三月一四日であると言われたのに、当時は一七日と聞き違えていた)の中村の日経オプション取引を無断取引と判断し、田中支店長は、原告に対し、残っている中村の日経オプションを反対売りするよう指示し、原告は、その指示に従い、同日、全て売却した。
平成九年四月一六日、原告は、被告の監査部長から、中村の件についての経緯を文書にするよう連絡を受け、翌日「経緯書」(書証略)を提出した。
なお、原告は、平成九年四月一五日、被告本社に呼ばれた際、営業本部長の藤澤常務から中村の件について無断取引をしたのかどうか聞かれ、また、同月一七日にも監査部長から同趣旨の質問を受け、いずれも無断取引は行っていない旨答えたが、同月一八日、原告は、神楽坂支店副支店長から本社監査部付となり、顧客担当から外された。
その後、平成九年五月二八日、中村は被告に対し損害の賠償を求め、調停の申立をした(東京簡易裁判所平成九年メ第三五一七号)。その内容は、原告の説明不十分のままに日経オプション取引を開始し、かつ、平成九年三月一四日に取引の停止を求めたにもかかわらず、無断で取引を継続され、損失を生じ、それらが中村の株式売却により決済されたことなどにより損害を被ったとして、被告に対し民法七一五条に基づく使用者責任を追及するものであった。その結果、平成九年一二月一六日、被告は、原告が十分な説明を行わないまま中村に日経オプション取引を行わせて損失を生じさせたこと、平成九年四月三日以降原告が無断取引を行ったこと、前者につき一六六四万八七〇二円、後者につき七三三万七四四二円の損害賠償義務があることをそれぞれ認め、合計一三八〇万円を中村に支払う旨の調停を成立させ、右一三八〇万円を中村に支払った。
その後、原告は、監査部長から中村の件で退職するよう促され、懲戒解雇をほのめかされたことや原告も監査部付となり、いわば仕事を取り上げられたようになっていたことから辞めたいという気持ちもあったことから、被告を依願退職した。
(証拠略)
7 ところで、無断取引については、日本証券業協会制定の証券従業員に関する規則九条三項一六号、被告の営業管理規則八条一六号及び従業員服務規程二七条二一号により禁止行為とされている。また、証券取引法五四条一項一号には、有価証券の買付若しくは売付け又はその委託について、顧客の知識経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなっており、又は欠けることとなるおそれがある場合は、内閣総理大臣は業務の方法の変更や業務の全部又は一部の停止等を命じることができるとされており、これを受けて被告の営業管理規則二条一項、二項及び営業員服務規程八条、九条一項には、営業員は、顧客の投資目的、資力、資金の性質及び投資経験を考慮して、適切な勧誘を行うこと、取引の開始にあたっては、顧客に取引のしくみを熟知させるよう適切な説明を行わなければならないこと等を規定している。そのほか、東京証券取引所制定の受託契約準則一一条一項には、有価証券の売買取引の委託について、顧客は売買取引成立の日から起算して四日目の午前九時までに売付有価証券又は買付代金を交付しなければならないと規定され、それを受けて被告の営業員服務規程二八条一項は顧客との取引については、所定の期日までに受渡が完了するようにつとめなければならないと規定している。また、被告の営業管理規則八条二九号は、前掲証券従業員に関する規則九条三項二六号を受けて、有価証券の売買その他の取引等に関して顧客と金銭、有価証券等の貸借を行うことを禁止している。
(書証略)
二 退職金請求権の有無(懲戒解雇事由の有無)について
被告は、原告の懲戒解雇事由として、顧客の知識、経験等に照らし不適当な過当勧誘による過当かつ大量の取引を行わせたこと、無断取引を行ったこと、その結果、立替金勘定を発生させたこと、中村に尚名義の信用取引口座設定諾約書に署名させたことを主張するので、これらについて、順次検討する。
1 顧客の知識、経験等に照らし不適当な過当勧誘による過当かつ大量の取引を行わせたことについて
中村は、原告から日経オプション取引について一応の説明を受け、取引説明書の交付を受けたものの、その損益は日経平均株価に連動していること、日経平均株価が下がれば損をすることになるが、日経平均株価が下がっても、損失を取り戻す方法はあるという程度のことで、日経オプション取引のしくみについて十分理解できなかった(前記一5)のであるが、中村が現物株式の取引を長期間にわたり行い、投資信託の経験があったとしても、これらとは異なる金融派生商品の一種である日経オプション取引のしくみが十分理解できないことは、当時、中村が六〇歳すぎの家庭の主婦であったこと(前記一2、4)からすれば、容易に推測できたことであるというべきである。損益が株価に連動する点では、日経オプション取引は投資信託に共通する面を持つものの、限月があり、ハイリスクハイリターンであるところはむしろ先物取引に類似する面があるところ(前記一4)、通常顧客にとって取引の開始を決定する際には、リスクの大小は極めて重要な要素であるというべきであるにもかかわらず、中村はそれを理解しておらず、中村のような者にとって、そのしくみを理解するのは困難であることは容易に推測できる以上、原告としては十分な説明を行うべきであったのに、現に中村が理解していないことからすれば、原告の説明は不十分であったというほかないし、平成九年二月二〇日以降の取引経過をみると、ほぼ連日のように取引を行っており、その頻繁さは異常ともいえるほどで、その量も一〇枚といった大量になることもあること(前記一5)からすると、日経オプション取引のしくみについて十分な理解をしていなかった中村が、積極的に原告と相談しながら取引を行っていたと考えるのは困難である。そして、中村が、日経オプション取引のしくみを十分理解できなかったことから、これまでの現物株式の取引と異なると考え、漠然とした不安を感じて夫である尚には内緒で日経オプション取引を行っていたこと(前記一6、人証略)に照らしても、同様にいえるのであって、中村は、結局、日経オプション取引のしくみが十分に理解できず、原告のいうがままに取引を行っていたものというべきである。
これに対し、原告は、中村は、日経オプション取引のしくみを理解した上、個々の取引についても相談しながら行っていたと主張し、陳述書(書証略)の記載、原告の本人尋問における供述には右主張に沿う部分がある。しかし、すでに述べたように、現物株式取引の経験が長いことや投資信託の経験があることは、それとは異なるしくみである日経オプション取引について十分理解できることの根拠とはならないし、中村の年齢や経歴から考えるとき、連日のように頻繁かつ大量に取引を行うなどということは極めて不自然であること、平成九年四月一五日に田中支店長から説明を受けるまで損失額さえ知らなかったこと(前記一6)などからすると、せいぜい中村は、被告神楽坂支店との取引が長かったことから原告を信頼し、原告からの報告と助言をそのまま受け入れたにすぎないというべきで、原告の中村に対する説明、取引の勧誘、中村に頻繁かつ大量の取引を行わせたことは不適切というほかない。
なお、原告は、田中支店長が中村の日経オプション取引開始を許可したことをもって、原告には責任はないかのような主張をし、たしかに、田中支店長は中村と面接をしておらず(前記一5)、その点に田中支店長の落ち度がなかったとはいえないが、その後の取引については、田中支店長も原告に対し自重を促していたのであるし(前記一5)、むしろ、これに従わなかった原告の落ち度は大きいと言わなければならない(原告は、田中支店長から注意を受けたことを否定するが、前記一2のとおり、被告神楽坂支店においては、金融派生商品の取引を行っている顧客は少なく、取引をしている他の顧客と比較して、中村の取引量が突出していること、藤澤常務から田中支店長に対し、中村の取引が大量であることについて注意を受けたことからすると、田中支店長が、原告に対し、自重を促すことは自然であり、この点に関する原告の主張は採用できない)。
そして、原告の右行為は、証券取引法五四条一項一号、被告の営業管理規則二条一項、二項及び営業員服務規程八条、九条一項に反し(前記一7)、被告の就業規則五〇条<1>、<3>、<4>、<8>の懲戒解雇事由に該当するというべきである。
2 無断取引を行ったこと、その結果立替金勘定を発生させたことについて
前記一5のとおり、中村は原告に対し、平成九年三月一四日、日経オプション取引をやめることを申し入れていることからすると、その後の取引については、無断取引であったというほかない。
これに対し、原告は、中村から取引停止の申入れを受けたことはないと主張し、たしかに、平成九年三月一五日以降、中村名義の日経オプション取引は継続しているだけでなく、中村は原告との間で代金等の授受をしたりしている(前記一5)。しかし、被告側と中村の話し合いが始まって、遅くとも平成九年四月一五日以降、中村は一貫して無断取引を主張しており、被告もそのように判断し、原告に対し、無断取引をしたのではないかと再々確認をしている(前記一6)。また、それまでも日経オプション取引のしくみがよくわからず不安を抱いていた中村が、原告が中村の質問に納得のいく説明をしてもらえなかったことを契機に、夫の尚に内緒にしていたこともあって取引の停止を決意した旨の(人証略)も特段不合理とはいえない(なお、人証略は、平成九年四月一〇日、尚から同年三月一四日以前に中村に対し、取引を停止するように言った旨の説明を受けたと証言するが、右証言は、人証略に照らし、採用できない)。これらのことに加え、平成九年三月一九日以降中村の取引に立替金勘定が発生し始めていること、同月二七日の立替金勘定を解消するための尚名義の株式の売却、それと同銘柄同数量の株式の信用取引による買い注文がこれらに関する書類の作成以前に行われたこと(書証略、前記一5)なども併せ考慮すると、受渡期日について知らなかった中村が、平成九年三月一五日以降の代金等の授受について、それ以前の取引の清算であると考えていた(前記一6)としても不自然とまではいえず、中村が自己の意思で平成九年三月一五日以降も取引を継続していたことの根拠とはならない。
右によれば、原告が無断取引を行ったことは否定できず、無断取引は、日本証券業協会制定の証券従業員に関する規則九条三項一六号、被告の営業管理規則八条一六号及び従業員服務規程二七条二一号に反する行為であり(前記一7)、就業規則五〇条<1>、<3>、<4>、<8>、<9>の懲戒解雇事由に該当するものと言わざるを得ない。
なお、原告は、被告と中村は調停を行っているが、右調停は、損失を被った中村の抗議に対し、被告が実質的には損失補填にすぎないものを、その実態を隠蔽するために行ったものであって、原告には無断取引等の非違行為はなかったとの主張も行うようである。しかし、調停申立ての際、中村が依頼した弁護士が被告に紹介してもらったものであること(人証略)を考慮しても、被告が、何らの落ち度もないと判断したにもかかわらず、一三八〇万円もの賠償金の支払、あるいは損失補填を個人投資家に行うというのは考えにくく、他に原告の主張を裏付ける証拠もないことからすると、原告の主張は憶測の域を出ないものというほかなく、採用できない。
また、原告が、無断取引の結果、立替金勘定を発生させたり、それを解消する際、自己資金で立て替えたことは前記一5のとおりであり、これらの行為は、東京証券取引所制定の受託契約準則一一条一項、被告の営業員服務規程二八条一項、従業員に関する規則九条三項二六号に反するものである(前記一7)。原告の主張するように、仮に、立替金勘定の発生や営業マンが一時自己資金で立て替えることが、被告において行われている実態があったとしても、本件において、原告のこうした行為は無断取引が原因であったことに照らせば、許されないものというべきであり、就業規則五〇条<1>の解雇事由に該当するというべきである。
3 中村に尚名義の信用取引口座設定諾約書に署名させたことについて
中村が、平成九年三月二七日、尚名義の信用取引口座設定約諾書(書証略)に署名したこと、その時点で尚は右事情を承知していなかったことは、前記一5のとおりであるところ、尚名義の株式の取引等については、中村が代行することがしばしばあったというのであり(前記一2)、尚も右信用取引口座設定約諾書の作成について偽造である旨の主張を行った形跡はないことからすると、少なくとも中村の行為を事後に追認したものといえなくもない。しかし、右書類は、尚名義の株式の売却と同様、無断で行われた実際の信用取引の買い注文の後に作成されており、しかも、無断取引から生じた損失による立替金勘定の解消を図る目的であったこと、こうした事情は中村も理解していなかったこと(前記一5)からすると、尚名義の株式の売却、信用取引の買い注文、信用取引口座設定約諾書を中村に作成させたことの一連の行為は、証券会社の社員として許されない行為であるというべきであり、就業規則五〇条<1>、<8>、<10>に該当するものと言わざるを得ない。
右によれば、原告の行為は懲戒解雇事由に該当するものであったというほかない。そして、被告の就業規則には、懲戒解雇の場合は原則として退職金を支給しないが、情状により退職金を減額支給する場合がある旨規定され、退職金規程には、懲戒解雇事由がある場合の退職について退職金を支給しないと規定されていることからすると(書証略)、右退職金規程は、懲戒解雇事由を原因とする退職についても退職金を減額支給する場合があることを含んで規定しているものと解するのが相当であるから、原告の行為が懲戒解雇事由に該当する本件において、被告が原告の退職金を減額支給したことは退職金規程に基づくものということができる。もっとも、退職金の減額の割合については、特段の基準が定められておらず、被告の裁量に委ねられているというほかないところ、被告がその裁量の範囲を著しく逸脱し、減額の割合と原告の行為との均衡を著しく欠くような事情があるときは、そのような減額は許されないと解する余地もあるが、本件原告の行為は、証券取引法、日本証券業協会制定の証券従業員に関する規則、東京証券取引所制定の受託契約準則、被告の営業管理規則及び従業員服務規程に反しているだけでなく、顧客に重大な損害を与え、被告の信用を著しく失墜させるものというべきであることに照らせば、そのような事情を認めることもできないから、被告が原告の退職金を減額支給したことは正当であり、したがって、原告には退職金請求権は認められないものと言わざるを得ない。
三 求償権の有無等について
無断取引の効果は、顧客ではなく被告に帰属するものと解するのが相当であるところ、中村の日経オプション取引から生じた損失は、平成九年三月一四日までが五〇〇万六六六四円、無断取引となった同月一五日以降が一八九七万九四七九円であり(証拠略)、後者については、被告にその効果が帰属することになる。もっとも、無断取引となった後の平成九年四月一日にそれまでの立替金勘定は決済され、その時点までに原告の無断取引によって生じた損失は中村が負担し、被告は損害を免れたことになる。しかし、被告は、中村に対し、調停において、原告が十分な説明を行わないで、中村に日経オプション取引を開始させ、大量の取引を行わせたこと、原告が無断取引を行ったことを認め、その結果一三八〇万円を損害賠償として支払っていること(前記一6、なお、その内訳は、被告と中村の調停における交渉の結果、無断取引を平成九年四月三日以降としたために、無断取引により中村が負担した損失は七三三万七四四二円となっている)からすると、被告は、中村から民法七一五条に基づく使用者責任を追及され、中村に生じた損害を賠償した結果、原告に対する求償権を取得したということができる。
なお、原告は、中村の日経オプション取引による損失が二三〇〇万円余りにも上ったのは、被告が中村に無断で平成九年四月一六日に五月切りの日経オプションを売却したからである旨主張する。しかし、そもそも平成九年三月一五日以降中村は日経オプション取引の継続を望んでいなかったのであり、被告側との話し合いが開始された平成九年四月一〇日以降も早期の清算を希望していたこと(前記一5、6)からすれば、平成九年四月一六日に五月切りの日経オプションを売却したことは、無断取引とはいえないばかりか、すでに平成九年三月一五日以降については無断取引になっていたことからすれば、その効果の帰属者である被告が売却時期を決定するのは当然であるといえる。そして、結果的にみて、右同日、五月切りの日経オプションを売却しなければ、その後利益が生じたとしても、その時点では、平成九年四月一六日以降日経平均株価が上昇するという確証はないのであるし(そのような予測があったとしても)、被告が無断取引となっていた中村の日経オプションを早急に清算すべきと考えたとしても不合理とはいえないのであって、平成九年四月一六日に生じた損失についても原告に責任がないとはいえない。
右のとおり、原告は、被告に対し求償すべき義務を負うことになるが、その額は直ちに一三八〇万円であるということはできない。民法七一五条に基づく使用者の被用者に対する求償の範囲については、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し損害の賠償または求償の請求ができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和五一年七月八日第一小法廷判決民集三〇巻七号六八九頁)。そこで、これを本件について見るに、原告の各行為は、証券会社の従業員として悪質な行為と言わなければならないが、原告がそもそも中村に日経オプション取引を勧めたこと自体は、田中支店長の方針に沿ったものであったこと(前記一3)、右取引の開始時、田中支店長が被告の営業員服務規程に従い中村の面接を行うなどのことをせずに、右取引開始を許可したという不適切な面があったこと(前記一5、田中支店長が中村に直接面接していれば、中村が日経オプション取引のしくみをどの程度理解していたか知り得たということができる)、加えて、原告は退職金について約六〇〇万円も減額されたことなどの事情に照らせば、信義則上、原告に負担させるべき損害額は、六〇〇万円が相当である。
四 以上の次第で、原告の請求は理由がないから棄却し、被告の請求は、六〇〇万円及びこれに対する被告が原告に対する求償権を取得した平成九年一二月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、仮執行宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松井千鶴子)
別紙(略)